当ブログは、場面緘黙症の体験談・その後遺症と共に生きる管理人の日常を綴っています                          

2007年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年02月

ひとりごと

今の仕事始めて早2週間以上がたちました。
忙しくて大変っていうのはないけど、毎日決まった時間に起きて決まった時間に家を出て決まった時間に帰ってきて決まった時間に寝るというリズムの波に乗れたことで日が経つのが早く感じてきました。

今回の仕事、今まで自分が経験してきた職種とはだいぶ違うので自分に求められてることも違うのかちょっと拍子抜け。
今まではどちらかと言うと、こんな元場面緘黙症で人見知り激しくて慣れ親しんだ人と以外はちゃんと話すこともできないくせに、販売や電話を主に使う仕事や人と接する機会がかなり多い仕事してた(笑)
でも前の職場で先輩に、電話の声きれいだねって褒められたのが今でも忘れられない。普段人と話すときは顔合わせるため絶対緊張してまともな声が出せないけど、電話なら相手の顔見えないしかなりリラックスして喋れる。
元々声が低く太くてあまり通らない声だけど、電話のときはちょっとトーンを高く話せる不思議(笑)普段話すときみたいに聞き返されることもないから電話は意外と好きかもしれない。

今回の仕事もできれば電話をメインに使う仕事が良かったのだが、そっち系で男を正社員として雇う会社はかなり少ないのが現実でした。大概、女性をターゲットにした派遣社員止まり。そういう仕事は好きだけど正社員じゃないとなぁってことで最終的には諦めることに。

で、今の職場でちょっと気になったこと。まだ新人だから、会社にかかってきた電話は先輩が出るんだけど、その電話の声が小さいっ!
こんな自分がそんなふうに思うこと自体信じられないけど(笑)
会社の一員として電話出てるんだからもっと元気に出なきゃって思った。
静かな場所で2mぐらいしか離れてないのに電話で何話してるかよく聞こえないって・・・。
電話の仕事してたせいで自分が変な感覚ついちゃったのかな(笑)

まぁそんなどうでもいい愚痴(?)もあったりして日々順調に元の生活を取り戻しつつあります。

去年から今年にかけて、人生の節目だったのかな。
二十数年の人生の中で、真っ黒に塗り潰された期間は一番長かったけど、
その分自分も飛躍できるような予感がする。
ここから何かを変えていきたい。

今思うと自分の人生って、反動と反動の繰り返しだったな。
たくさん働いたあとにその反動でたくさん休んでの繰り返し。
それが今回の休みは反動が大きすぎたせいで予想以上に長くなってしまった。
笑ってしまうほど働きすぎたせいかもしれない。終電で帰る毎日、ちょっと忙しいと夜中までかかって車で送ってもらったり、ときには24時間労働もたまにあったり。
終電でも電車に乗って帰れることに喜びを感じちゃってた(笑)それでも帰ったらすぐ寝るしかなくて自分の時間なんてまったく持てなかった。
終電なくなった後の時間に帰ったら寝れるのはほんの3時間程度。たまにある休みの日も午前中だけ出社して午後遊びに出かけたり。家で起きてる時間なんてほとんどなかった。
もう体力的にはとっくに限界超えてたかもしれない。気力だけで頑張ってた感じだったかも。っていうのも感覚がおかしくなって体力的な限界というのをあまり意識してなかった(笑)「疲れた〜」って口癖にはなってたけど本当の意味ではそこまで疲れてはなかったような。ただずっと仕事してるだけの毎日で自分の時間が全然なかったことを気合で乗り切ってた。
「買い物行きたい」とか「ゆっくりご飯食べたい」とか「何にも邪魔されずに眠りたい」とか(笑)
それでちょっと体を休めようと思ったらこんなに長引いてしまったと・・・。
俗に言う「燃え尽き症候群」ってやつかもしれない。

これからの人生は一体どうなるんだろう。同じことは繰り返したくはないけど、忙しいことが好きな性格だからまた頑張っちゃうんだろうなぁ。

まだまだこれから日々成長しながら落ち着いて生きていこうと思います。

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春の訪れ

前回に引き続き今回も詞を載せちゃいます。
これは昨日完成したばかりの詞です。
もうすぐ春ということで春っぽい感じに書いてみました。

どこまでも

外は春の訪れ 空の青の向こうに
一筋の未来 幸せの光 包み込むように
風に吹かれた大地 新たな季節の予感
夢を乗せた天を仰げば もうすぐ

とても当たり前のもの いつも近くに転がって
息潜めてるから 僕には見つけられなくて
つまづいたときには 言い分けにしてたけど
やっと見つけたんだ

どこまで飛べるかな さぁ長く助走をとって
まだ見えない閉ざされた明日へ
僕まで届いた三月の風の音
小さな未来が 今動き出した

降り止まない雨はない いつも心に刻んで
今より前に進もうともがきながら
頼りなくいつも思い描いてた風景
やっと見つけたんだ

どこまで行けるかな 些細な不安も拭って
一歩ずつ踏みしめて 明日へとつなぐ

もうすぐやって来る新たな季節 新しい扉開ければ 

どこまで飛べるかな さぁ長く助走をとって
まだ見えない閉ざされた明日へ
僕まで届いた三月の風の音
小さな未来が 今動き出した

どこまでも飛べるよね さぁ
見慣れた壁の向こうの自分を探しに

つまづいたときには 言い分けにしてたけど
やっと見つけたんだ 幸せの贈り物
2007.03.15

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儚い命

ちょっと気が向いたので昔書いた詞を載せちゃいます。

disease

瓦礫に埋もれた小さな手が握りしめてる涙
暗闇の中の煙に隠れた幼い心が悲鳴をあげて
快楽を求める 機械のように

上手く歩けなくて 前も見えずに
朽ち果てた身体にまとわりつく病は
そっと私を 蝕むから

I was deprived of my vigor
侵された心がバラバラに砕け散る
闇に溶けて lose my vigor
そっと音もなく 静かに崩れるように

いつまで経っても 自由に癒されない日々
籠に閉じ込もったこんな私は
何処までも堕ちて行く 手は届かない

悲しみに潰されて 誰かを憎みもしたけれど
自分にそんな力などないこと知ってる
そっと私は 苦しむから

I was deprived of my vigor
満たされない気持ちが 闇を彷徨い続け
何も見えない lose my vigor
這い上がるためには ねぇ どうしたらいい?

失くす痛みなど もう慣れてるはずなのに
悲しみは 容赦なく私を襲う

I was deprived of my vigor
侵された心が 粉々に砕け散る
闇に溶けて lose my vigor
いきなり音もなく 静かに崩れるように
I was deprived of my vigor
lose my vigor lose my vigor・・・・
ねぇ どうしたらいい?



5年ぐらい前だったかな。
そのころも真っ暗なトンネルの中にいた。
毎日が苦しくて苦しくて何もできない状態。
毎日生かされてるような感じだった。

そのころ結構仲良くしてた友人(S)がいた。
幼稚園〜中学まで一緒で、中学では同じ部活で、高校卒業するあたりからよく遊ぶようになった。
その彼は、医者に鬱と診断されててそのころ毎日家の中で過ごしてた。
自分と同じような状態で、お互い考え方も似てて毎日のようにメールで話してた。自分たちの将来のこととか。
でもそんなある日メールを送ったら、精神状態が悪かったらしく「メールできない」という返事が返ってきた。
それから数日音沙汰がなくなり、数日後ふと彼のメールアドレスからメールが送られてきた。
しかしメールを開いてみると、メール送ったのは本人ではなく、彼のお姉さんからだった。
「Sが昨日の夕方急病で亡くなりました」と書いてあった。
しばらく頭の中が真っ白になった。
頭の中だけでなくすべて真っ白になってた。

そりゃ精神状態は不安定なときもあったけど、どっちかの家でゲームして遊んだりあんなに元気だったのに・・・。
本気で神様の悪戯だと思った。

上の詞、彼が亡くなった後に書いた詞ではない。彼が亡くなる10日前に書いた詞・・・。
この詞を書いたときはまさかこんなことになるとは思いもしなかった。

「おれたち将来どんな大人になるんだろうね」
って話しをそのころメールでしてたのを鮮明に覚えてる。
そんな将来を語り合ってた数日後にその将来を失うなんて・・・。

彼が亡くなったのは今から5年前の2月。
あれからもう5年か・・・。
今ごろ何してるんだろう。元気かな。
いろいろ寄り道しちゃったけど、おれは何とか頑張ってるよ。

こんな自分と仲良くしてくれて本当にありがとう。

| 日記 | 23:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

出口

こんなことをここに書くのもちょっと気が引けるけど、
やっと昨日から仕事。

元場面緘黙症ということもあり、人づきあいはかなり苦手。
でも嫌いではない。むしろ好きな方かもしれないほど。
ただ人が多いと精神的に落ち着かないと言うか常に緊張状態になってしまい疲労度がとんでもないことになる。
仕事だからある程度の緊張感は必要だけど、“ある程度”で済まないのがきつい。
人が多いほど人の目が気になるし、席を立ってちょっと移動するにも周りの目が気になる。「あいつどこ行くんだ?トイレか?さぼりか?」とか思われてないか気にしてしまう。歩き方おかしくないかなとかまで気にする。
常に目立たないようにいたいので、椅子も低くして座る癖がある。
机が前にいる人と向き合ってるような場合、目の前にあるPCで顔が隠れると落ち着く。かなり低いけど(笑)
どの職場でもそううまくいくわけではないけど・・・。

以前の職場を辞めた理由は、別にこういう緘黙症や視線恐怖症による理由とは全然関係ない。そんなことを理由にして辞めてたらお金稼げないし。
ただ一度辞めてしまうとこの症状の影響で、また違う新しい環境に向かうことに対して消極的になってしまう。
その状況がつい最近まで1年2ヶ月も続いた。
数年前にも同じような状況になったことがあった。
とある理由で仕事を辞め、ちょっとのんびりしてたらずるずると。
ただそのときは5ヶ月で済んだ。
なぜ今回、そのときの3倍近くも時間がかかったかはわらかない。
年齢的にもそんなのんびりできるような年でもないのに。
中には、何か理由を抱えて“引きこもり”のような形でのんびり生きてる人もいるかもしれない。
でも自分はそんな生活が嫌でしょうがなかった。生きてる心地がしない。
お金稼がなきゃ貯金も減る一方でそのうち底を尽きる(尽きたw)し、自分の好きなこともできない。
鬱病と診断されて生活保護を受けて生活してる人もいるが、自分はそういうことはしたくなかった。
大した金額でなくても人前に出て働かなくてもお金貰えるんだから楽かもしれないが、一度その生活に浸ったら一生抜け出せない気がしたし、せっかく生きてるんだから人並み程度のお金もらって楽しい生活を送りたい。
別にそうやって生活保護を受けて生活してる人を批判してるわけではない。
自分は自分なりの方法で生きていきたいだけ。
実家出て一人暮しして結婚して家族持って・・・そういう幸せな人生を送りたい。
一度きりの人生、そうやって生きたいと思ってる。

そのためにはどこかで勇気を出さなきゃとずっと思ってた。
その勇気が出せたのは、極限まで追い詰められたからかもしれない。経済的に。
こういう病気・症状だから働かなくてもいいって認められて、親からお金貰って生活してる人もいるかもしれない。でもそれも嫌だった。なんか甘えてるみたいで。
そんな負け犬でいたくないと思った。
社会に出ても勝ち組み・負け組みがある時代に、その負け組みにすら入れない自分はいったい何なんだろうと・・・。

いつかニュースで見たことあるけど、40代ぐらいの実家住まいの男性が親に働けとうるさく言われて腹を立てて親を殺したというニュースを何度か見たことがある。他人事ではないように思えた。
そういう事件があったからかわからないが、この1年2ヶ月という長い期間にも関わらず、自分はあまりそういうことを頻繁には言われなかった。
どんなに言われても家族を殺すなんて絶対できないけど。
でもたまに言われると、夕飯時でも食事を途中で切り上げて自分の部屋に閉じこもってしまうほど嫌ではあった。
言われなくてもそんなこと自分が一番よくわかってるんだよ!と。怒ってもしょうがないから口には出さなかったが。何言われてもしょうがない立場だし。
ただ、それができないから困ってるんだよ。それをわかってほしかった。まぁいくら家族と言えど、年齢も違うし、生活環境、性格・価値観も違うからわかってもらうのはかなり難しいが、ここ最近は何となくわかってきてくれてたような気がした。
それを思うと、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。家の中にただいて経済的な面で一切何もせずご飯を食べさせてもらってるだけの状態・・・すごく肩身が狭い。生きてるのが嫌になるほど。少なくともこの家の中にいるのが嫌だった。でも他の場所で生活するようなお金はどこにもない。結果ここにいるしかできない。だからどんどん精神的に追い込まれていく。
夕飯時居間にいる時間が何よりも苦痛な時間だった。と言うか夜家の中に家族がいる時間が苦痛だった。あるときはトイレ(1Fにしかない)行くのすら躊躇ってしまうときがあった。トイレ行った際に呼び止められて何か言われるんじゃないかと恐れてしまって。それで、家族が寝るまで待ってからのそのそとトイレに行ったり。ちょっと小腹が空いて台所行くにしてもそう。家族が寝静まってから。
普通から考えればかなりおかしな行動だけど、そうでもしないと自分を保てなかった。

そんなこんなでやっとトンネルを抜け、外の世界に出れた自分だけれど
これからどうなっていくんでしょう。
前回の記事でも書いたとおり、もうすでに感覚的な部分が変化してきてる実感がある。
何て言えばいいんだろう、ちょっと悲しい音楽を聴いて感傷的になったり色々な思いを持てたのが、今では全然そうならない。音楽が自分に響いてこないと言えばいいのかな。
大人になると子供のころの感覚をだんだん忘れていくような感じ。

この先どうなるかわからないけど、どこまでも自分を見つめていきたい。

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トンネル

だいぶ更新が滞ってしまった(´・ω・`)
なのに今回は場面緘黙症とは関係ないお話し。

以前の記事「葛藤」で深く迷い込んでた自分でしたが、
ようやく長い長い真っ暗なトンネルから抜け出せそう。

あれから1年・・・。焦りはとっくに限界を超えてた。
すべての感覚が麻痺して“焦り”を感じなくもなり、逆にそれが焦りにもなってた。こんな状況なのに焦りを感じていない自分に焦ってた。

1年・・・長いようで短かった。あっという間だった。
よく、忙しいと時が過ぎるのが早いというが、逆でも早かった。
半ひきこもり状態でただ毎日ダラダラ生活してただけの1年なのに、気づけばもう1年以上経ってた。

でも本当は長かった。
つらい状態が続いてたからこそ長くも感じた。
では、なぜあっという間とも感じたのか。
感覚が麻痺してたからかもしれない。

真っ暗な長い長いトンネルでした。
後ろを振り返っても入り口の光りはどんどん小さくなってくのに、出口の光りは一向に見える気配がない。
入り口の光りがあまりにも小さすぎて頼りにならず、そのうち振り帰ることもやめてしまった。
真っ暗で、前に進んでるのか進んでないのかさえわからない。
でも、最近そのトンネルの入り口の外の景色を思い出すようになり、
外の世界にいたときの自分を思い出していた。
あの頃の自分に戻れたらどんなに幸せか。
あの幸せを失って初めて、幸せはいつもそばにあったんだと気づかされた。
すぐ近くに当たり前のように存在してるものほど、普段その大切さに気づかない。まさにそのとおりだった。

今ようやくそのトンネルの出口まで辿りつけた。
辿りついたと言うよりは、急に目の前に出口の光りが現れた。
じきにこのトンネルから完全に出ることになると思う。
でもここに来てちょっとした怖さが生じてきた。
外の世界に出る不安ではない。
トンネルの中をさまよってたからこそ感じることができたいろいろな思いや感情を、トンネルから出てしまったらもう感じれなくなるんじゃないかという不安がある。
自分にとってはその感情一つ一つが大事なものであり、忘れたくないもの。
あの暗闇の中でしか感じることができなかった感情が自分から離れていくのが寂しい。
現にもうすでに徐々に感じれなくなってきてる。
なんであの思いを感じれなくなってきてるんだろう。
気持ちがもう外に向いてるからなのかな。
それはそれで良いことだけど・・・なぜかやりきれない気持ちもある。
そしてなぜあの思いを感じれないことに寂しさも感じるんだろう。
なんか自分の中の大切な何かが消えていくような感じがする。

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