当ブログは、場面緘黙症の体験談・その後遺症と共に生きる管理人の日常を綴っています                          

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トンネル

だいぶ更新が滞ってしまった(´・ω・`)
なのに今回は場面緘黙症とは関係ないお話し。

以前の記事「葛藤」で深く迷い込んでた自分でしたが、
ようやく長い長い真っ暗なトンネルから抜け出せそう。

あれから1年・・・。焦りはとっくに限界を超えてた。
すべての感覚が麻痺して“焦り”を感じなくもなり、逆にそれが焦りにもなってた。こんな状況なのに焦りを感じていない自分に焦ってた。

1年・・・長いようで短かった。あっという間だった。
よく、忙しいと時が過ぎるのが早いというが、逆でも早かった。
半ひきこもり状態でただ毎日ダラダラ生活してただけの1年なのに、気づけばもう1年以上経ってた。

でも本当は長かった。
つらい状態が続いてたからこそ長くも感じた。
では、なぜあっという間とも感じたのか。
感覚が麻痺してたからかもしれない。

真っ暗な長い長いトンネルでした。
後ろを振り返っても入り口の光りはどんどん小さくなってくのに、出口の光りは一向に見える気配がない。
入り口の光りがあまりにも小さすぎて頼りにならず、そのうち振り帰ることもやめてしまった。
真っ暗で、前に進んでるのか進んでないのかさえわからない。
でも、最近そのトンネルの入り口の外の景色を思い出すようになり、
外の世界にいたときの自分を思い出していた。
あの頃の自分に戻れたらどんなに幸せか。
あの幸せを失って初めて、幸せはいつもそばにあったんだと気づかされた。
すぐ近くに当たり前のように存在してるものほど、普段その大切さに気づかない。まさにそのとおりだった。

今ようやくそのトンネルの出口まで辿りつけた。
辿りついたと言うよりは、急に目の前に出口の光りが現れた。
じきにこのトンネルから完全に出ることになると思う。
でもここに来てちょっとした怖さが生じてきた。
外の世界に出る不安ではない。
トンネルの中をさまよってたからこそ感じることができたいろいろな思いや感情を、トンネルから出てしまったらもう感じれなくなるんじゃないかという不安がある。
自分にとってはその感情一つ一つが大事なものであり、忘れたくないもの。
あの暗闇の中でしか感じることができなかった感情が自分から離れていくのが寂しい。
現にもうすでに徐々に感じれなくなってきてる。
なんであの思いを感じれなくなってきてるんだろう。
気持ちがもう外に向いてるからなのかな。
それはそれで良いことだけど・・・なぜかやりきれない気持ちもある。
そしてなぜあの思いを感じれないことに寂しさも感じるんだろう。
なんか自分の中の大切な何かが消えていくような感じがする。

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